もうひとつの本棚(侍日誌)
瀕死の中年親父による癒しと感動日記(心ピカピカですか?)
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ある明治人の記録-会津人柴五郎の遺書(石光真人)
2012-11-30 (金) 18:17 | 編集
 
冒頭『本書の由来』より
翁は会津の出身、上級武士の五男として生まれ、我が国における最初の政治小説『佳人之奇遇』十六巻の著者、柴四郎(東海散士、参政官)の実弟である。祖母、母、姉妹は会津戦争の際自刃、一族に多くの犠牲者を出している。落城後俘虜として江戸に収容、後に下北半島の火山灰地に移封され、公表をはばかるほどの悲惨な飢餓生活を続けた。薩長幕藩政治が華やかに維新を飾り立てた歴史から全く抹殺された暗黒の歴史である。
 脱走、下僕、流浪の生活を経て軍界に入り、幕藩の外にありながら、陸軍大将、軍事参議官の栄誉を得た逸材であり、中国問題の権威として軍界に重きをなした人である。
ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書 (中公新書 (252))ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書 (中公新書 (252))
(1971/05)
石光 真人

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勝てば官軍、負ければ賊軍
我が国でも佐幕方五万余、官軍方七万余り、日清戦争に匹敵する内乱があったことを知った
歴史からの隠蔽の実態を本書だけから言及することはできないが、負けた側にスポットライトが当たることはなかったのだろうことは想像に難くない 

初志貫徹

 10歳の時の会津戦争敗戦後の逃亡、俘虜生活、下北半島での飢餓、東京での放浪など筆舌し難い苦難を乗り越え、幸運にも15歳で陸軍幼年学校に入学する
それまで学問の機会は乏しく、書物も無く独学も十分かなわなかったことから同期生に比べ当初の成績は最下位だった
しかし寝る間も惜しみ勉学に励み成績は上位となる
陸軍士官学校に入学し、西南戦争終了の年をもって薩摩藩への雪辱を果たし翁の遺書は終わっている

拙者的感想
プライドの高い高級武士の子息が感じた抗し難い不条理は如何程のものだったか思いを馳せ、その後の翁の立身出世に救われた気がした
オロロ~ン

大東亜戦争後の変化を受け入れた昭和人が自ら作り出した閉塞感
に立ち向かうため個々が参考とすべきは明治人の気質かもしれない
明治の人が残した言葉に、凛とした清浄感と暖かみを感じた

             明治が止まらない  
sinsen2.jpg




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